年越し前に…

はいさい!

今日は年越し前にちょっとした雑学を皆さんに知っていただこうと思います! 知りたくない方にも否応無しに押し付けます。

んで、何がテーマかというと…そう、年越しにちなんで「大晦日」のお話です! もう知っている方もいらっしゃるとは思いますが、少しだけお付き合いくださいませ。

大晦日とは

一般的には12月31日、つまり1年の終わりの日を指す目的で使用されています。

しかし、これってとてもアバウトに表現したものなんですね。

では、本来はどういった意味を持っているのか?

それを詳しく解説いたします。

大晦日の本来の意味

旧暦では毎月の最終日を晦日(みそか)といいました。 晦日のうち、年内で最後の晦日である12月(または閏12月)の晦日を大晦日といいます。 元々“みそ”は“三十”であり、“みそか”は“三十日”という意味でした。 ただし、月の大小が年によって変動するので、実際には29日のこともあります。 しかし次第に、後の新暦の12月31日を指すようになっていきました。

大晦日は別名”大つごもり”ともいいます。 “つごもり”とは、「月隠り(つきごもり)」が転じたものといわれています。

大晦日にまつわる文化

日本での大晦日という慣習は、日本文化に古くからある「歳神様(としがみさま)」、または「歳徳様(としとくさま)」への信仰に基づく儀礼から生じていて、これらは歳徳神などとも呼ばれるその年一年間を司る神様です。

年の初めから来られるため、「正月様」(しょうがつさま)とも呼ばれ、各年によって来られる方向が異なり、その方角は「恵方」と呼ばれます。 この神様は神社のような宗教施設ではなく各家々に訪れると昔から信じられていたため、神様をお迎えし食事を共にしたりするために大晦日から「年籠り」(としごもり)をして(元旦に恵方にある近所の神社へ参拝する恵方詣りをすることもありますが)元旦も家で過ごすことが一般的でした。 後に「歳神様(としがみさま)」が家に来られるという観念がほとんど無くなっていき、一般庶民が正月三が日などに神様に願いを伝えるために、こちらから神社へ参賀する「初詣」を行うようになりましたが、そのきっかけは明治20年代に官公庁から始まった元旦に御真影を 拝む「新年拝賀式」と、1891年(明治24年)の「小学校祝日大祭日儀式規定」により元旦に小学校へ登校する「元旦節」などを経て、関西の鉄道会社が正 月三が日に(恵方とは無関係な方角の)神社へ初詣を行うというレジャー的な要素を含んだ行事を沿線住民に宣伝し、これが全国にまで広まったことで年籠りと いう習慣は次第に失われたとされます。

日本の平安時代に行われていた大晦日の宮廷儀礼の1つに「鬼やらい」とも呼ばれる「追儺(ついな)」があります。 年の変わり目という最大の節分において、「鬼」で表現される良くない何かを追い払うために「方相氏(ほうそうし)」と呼ばれる恐ろしい扮装・いでたちの導士によって執り行われる古い行事ではありますが、これが後の節分行事に変化したとされます。 恐ろしい姿の演者としては、日本の郷土文化として大晦日や旧正月などに「なまはげ」などが行われています。

大晦日に行われる行事

年越し蕎麦(地方によっては他の食事)
除夜の鐘(108つの煩悩を祓う)
二年参り(初詣)
その他(TVでは特番が組まれたりなど)
 
 
と、ここまでまとめましたが少し固い雰囲気になっちゃいましたか? とりあえず覚えておくといいかもしれませんね。

もうじき年が明けます。皆さんも今年一年を無事に過ごせたことに感謝しつつ、宴会などをしてみては? ただし、羽目の外し過ぎには要注意ですよ!

それでは、今回はこの辺で…。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です